iaf.bmp

女子5000m 福士加代子14位

世界陸上第8日。
女子5000m決勝(9/1日、長居陸上競技場)。
前回ヘルシンキ大会に続いて2度目の決勝進出を果たした
福士加代子
結果は15分19秒40で14位に終わった。
アテネ五輪王者で世界記録保持者のメセレト・デファー
(エチオピア)が、14分57秒91で金メダルを獲得。


福士加代子はスタート直後から3000m手前まで
先頭でレースを引っ張った。
積極的な走りを見せた福士加代子だが、
その後失速し14位となった。

福士加代子は2003年パリ大会では予選落ち、前回は12位。

「今までにないくらい軽かったのでスタートから攻めました。
結果は残念ですが、自分としては爽快感があったので
許してください」

福士加代子のコメント。

福士加代子マラソン転向

福士加代子がマラソン転向へ

出展:ヤフーニュース
http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/
?m=m20070824-002&e=marathon

トラックの女王:福士加代子がついに42・195キロに挑戦。
陸上・女子長距離の福士加代子がマラソンで2008年北京五輪出場を
目指すことが明らかに。
8/25日開幕の世界陸上大阪大会後に
永山忠幸監督と話し合って最終的な決断を下す方針。
準備期間は短いが来年1月の大阪国際マラソンで五輪切符を狙うことに。

ワコールの永山監督は「トラックにこだわるのか距離を延ばすのか。
大会後に福士と話をする」とコメント。
世界陸上大阪大会で福士は5000m、10000mに出場。
2008年北京五輪のA標準を突破して入賞すれば五輪代表に決まる。
永山監督は「(代表に)内定してもお断りするかもしれませんし」と


日本選手権4年連続2冠の福士加代子
過去に3度出場した世界大会では。
2005年ヘルシンキ世界選手権10000mの11位が最高。
日本人選手にとってはトラック競技よりもマラソンの方がメダルに近いというのが現実。
これまで「ハーフでも長い」「1人で42kmは無理」と
口にしていた福士がマラソン転向に傾いた背景にはこうした事情もある。

福士加代子が転向すれば女子マラソンの勢力図が一変することに。
昨年2月の丸亀ハーフ。
1時間7分26秒の驚異的な日本新記録。
アテネ五輪金メダル・野口みずきに完勝。
長距離でも抜群の適性を見せた。
復活を狙うシドニー五輪金メダルの高橋尚子。
日本歴代2位の記録を誇る渋井陽子らとの出場枠争いが展開されること必至。


ファンに一人として熱烈に応援したい。


笑顔の爆走娘:福士加代子

笑顔の爆走娘:福士加代子

トラックの女王と謳われた弘山晴美(資生堂)。
彼女の持つ日本記録を、3000mと5000mで更新。
特に5000m。
更新回数4回。
日本人として初めて14分台に突入。

2006年。
初のハーフマラソン出場で野口みずきの持つ日本記録を1分近く更新。
世界陸上の目標は10000mで自己記録更新と入賞すること。

徹底して記録にこだわってきた。
「陸上競技は自身の成長が数字でわかる」という永山忠幸監督の考えがベース。
海外のハイレベルのレースにも積極的に出場。

2002年 パリで3000m、ローマで5000m、ベルギーで5000m。
日本新の3連発


2002年以降の日本選手権では無敗

(5000m優勝4回、10000m5連勝中)

国際大会では。
2002年アジア大会。
2種目2位。
2003年 世界陸上パリ大会 10000m11位。
2005年 ヘルシンキ大会 5000m12位、10000m11位。
安定した成績。

福士加代子の成長の原動力はつねに新しいことにチャレンジする姿勢。
記録へのこだわり、人との出会いもその一環。

今季 4〜6月に2回のエチオピア合宿を敢行。
エチオピアのナショナルチーム合宿に参加し、また新たな刺激を得た。

見事やね 福士加代子

オリンピック初出場となった2004年アテネ五輪。

女子10000mに出場するもレース前に発生した足の故障で全く力を発揮できず。
26位。
先頭からは2周も周回遅れとなる惨敗に終わる。
いつもの福士加代子ならレース後におちゃめな言動を見せるが
この時だけは思わず悔し涙を流すことに。

huku.bmp

世界選手権。
過去に2003年 パリ大会。
2005年の ヘルシンキ大会。
5000mと10000mの2種目で出場している。
10000mでは入賞ライン(8位)にあと一歩及ばず
2大会共に11位に留まった。
ヘルシンキ大会女子5000mでは決勝進出を果たすものの
10000mと同様に入賞には至らずじまい。

2006年1月15日 京都。
第24回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会。
京都府代表として最終の9区10kmを走る。
結果、京都府チームとして過去最高記録で優勝
同じく2006年2月5日 香川県の第60回香川丸亀ハーフマラソン。
初のハーフマラソン参加にもかかわらず、
日本記録をもっていた野口みずき選手とトップを争い
1時間7分26秒のアジア記録で優勝

同年9月 W杯陸上アテネ大会にアジア代表で出場。
3000mで5位、5000mで銅メダルを獲得。

2006年12月 ドーハアジア大会女子10000m。
31分29秒38の記録で優勝。
1998年バンコク大会の川上優子(沖電気宮崎)以来、
2大会ぶりの金メダルを日本にもたらした

2007年6月29日 日本選手権。
10000mでは7000m辺りからスパートして独走。
この種目で福士加代子2002年から6連覇を達成
(柔道でいうと柔ちゃんレベルやね)

同年8月の世界陸上大阪大会の女子長距離種目に内定を決める。
2日後の7月1日。
女子5000m。
スタート直後に転倒。

そんなアクシデントにも全く動じない。
笑顔を振りまく余裕も見せつつ10000m同様に後半独走となる圧勝。
その優勝インタビュー。

「(転倒は)面白かったー。

でも逆にそれで終始落ち着いて走れたから
コケてしまって大正解です
」。
福士加代子さん。
あなたらしいコメントです(笑)。


マラソンファンの間では
福士加代子はいつフルマラソンを走るのか

と興味津々。
福士加代子本人曰く、
マラソンは絶対に走らない。
2時間あるなら走るより映画を見たい
」と・・・。
どうもマラソン転向へは積極的ではない。
しかしハーフマラソンはこの上ない好成績。
勝手ながらみんな福士加代子のフルマラソンに期待を寄せている

スゴイよ 福士加代子

福士 加代子
(ふくし かよこ、1982年3月25日 )

青森県北津軽郡出身の陸上競技の女子アスリート。
・3000mと5000mの日本記録保持者
・ハーフマラソンのアジア記録保持者
・15kmの世界記録保持者

これだけでどんだけ福士加代子がスゴイかがわかる。

通称「みちのくの爆走娘」。
まさにそんな感じ。
青森県立五所川原工業高等学校機械科を卒業。
2000年にワコール入社。

身長:161cm
体重:45kg
血液型:A型

huku.bmp

高校時代まではこれといった実績は無し。
インターハイや国体で決勝に辛うじて残る程度の選手。
ワコールに入社してからトラックレースや駅伝などで
メキメキと頭角を現し始める。
2002年6月の日本選手権。
5000mと10000mで共に初優勝。
2種目制覇を成し遂げる。

同年10月の釜山アジア大会。
5000mと10000mともに銀メダル。
(両種目とも金メダルは中国の孫英傑)
しかし10000mで自己ベストを一気に50秒縮め(どんだけ縮めるんや)、
日本女子2人目となる31分突破となる。
5000mでも自身が持つ日本記録を0秒02更新し
この時のインタビューで次のようにコメント。
「(記録更新は)大きいですよー。

乳首3つ分くらいですかねえ



速報では0秒03の更新と伝えられたが、インタビューで100分の3秒を
福士加代子なりに具体的に表現した名言といえる。
(迷言かな(笑))

最大のライバルと言える渋井とは非常の仲が良い。
2人でお互いふざけ合う光景をTVでたまに目にする事がある。

同年12月の全日本実業団対抗女子駅伝大会。
福士加代子は3区10Kmの区間で快走。
次の中継所に間もなく到着する終盤。
すぐ後ろを走っていた羽鳥智子(第一生命)と足が絡まって転倒。
左膝を強打。
されど足をひきずりながら走り続け、そんな状態ながらも区間賞を獲得。
しかし膝の靱帯を切る大けがに。

翌2003年2月 福士の故郷で行われた青森アジア冬季競技大会。
膝のけがをおして最終聖火ランナーを務める。
約半年間はけがの治療に専念し、同年6月 日本選手権。
女子10000mで終盤スパートして独走、見事復活の優勝を果たす。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。