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残り「2」枠

残り「2」枠で代表争い激化!?

土佐礼子の激走で、2008年北京五輪女子マラソン代表枠は残り「2」に。
世界選手権終了時点で1枠が埋まったということは。
今後の選考レースでの代表争いが激化することを意味するわけです。
11月18日の東京国際、来年1月27日の大阪国際、
3月9日の名古屋国際で有力選手が狭き門に挑戦します。

2004年アテネ五輪金メダリストの野口みずき。
既に東京国際への出場を表明。
現在はスイス・サンモリッツで高地合宿中。
土佐礼子の同僚・渋井陽子も同じく東京国際に出場。
まだ出場レースを決めていない00年シドニー五輪覇者の高橋尚子
も参戦すれば、自己ベスト2時間19分台のランナーが3人集結することに。
超ハイレベルのレースが展開されることになりそう。

世界選手権で5000m 14位、10000m 10位と
目標の入賞に届かなかったトラックの女王・福士加代子
マラソン転向を視野に入れている。
準備期間、タイムの出やすいコースを考えるならば、
デビューは大阪国際が有力かも。
名古屋国際には小出義雄監督の愛弟子・新谷仁美が出場予定。
世界選手権で北京切符に届かなかった日本人選手は、
疲労度を考えて名古屋を選択する可能性が高い。

驚異の粘りで土佐が銅 世界陸上

大阪世界陸上最終日 女子マラソン
(9/2日・長居陸上競技場発着 42.195km) 

土佐礼子が驚異の粘りを見せ、日本勢に今大会初のメダルをもたらした。
終始集団をリードする積極的なレースを見せた土佐礼子
勝負所の38km過ぎで5位に落ちるも、
驚異的な粘りで40km過ぎまでに朱暁琳(中国)ら2選手を抜き
3位に浮上。
そのまま2時間30分55秒でゴール、銅メダルを獲得した。
土佐のメダルは2001年エドモントン大会で銀メダルを獲得して以来
3大会ぶりとなる。
日本人最上位でメダルを獲得し来年の北京五輪に内定を獲得した。

38km過ぎでスパートしたキャサリン・ヌデレバ(ケニア)が
2時間30分37秒で2大会ぶり2度目の優勝。
周春秀(中国)が2時間30分45秒で銀メダル。

土佐礼子曰く、「気力だけだった。
離されてもゴールまで辛抱していれば何があるか分からないと
思っていた。(7月末に痛めた左ひざは)前半痛んでいたけれど、
後半はそれどころではなかった」とコメント。

北京でもその粘り強さでメダルを獲得してほしい。

女子マラソン(世界陸上) 土佐に期待!

世界陸上。
不振が続く日本勢。
頼みの綱となった女子マラソン
メダルの期待がかかるアテネ五輪代表・土佐礼子が8/30日に大阪入り。
猛暑ですからね、スピードを捨てて粘りで“根性勝負”しますと予告。

1か月前に松葉づえ姿で帰国した時とは目の輝きが違っている。
手応えを表情ににじませながら大阪にやって来たというところか。
痛みはありません。大丈夫です」。
7月の中国・昆明合宿で転倒。
一時は出場が危ぶまれた左ひざ打撲も問題ないです、と強調する。

8/26日までの最終の合宿ではスピードを付ける練習ができなかったが
「暑いからスピードはいらない。粘り? それしかないです」と。
もともとスピードより粘りと根性で勝負するタイプ。
持ち味を生かした戦いになりそう。

日本勢総崩れの中“最後のとりで”の期待がかかる。
そのことにふれると、「それどころじゃないですよ。
救世主になれたらいいけど。。」とプレッシャーをはねのける。
後輩お手製のキャラクターお守りをユニホームに付ける土佐礼子
愛と根性でメダルを目指す。

がんばれ〜!!

マラソン 土佐 礼子

土佐礼子 最強日本不動のエース

9回のマラソンで優勝3回、2位3回。
すべてが5位以内。
安定

一度も崩れたことがない。
集団の後方に待機するタイプではない。
前半からハイペースでレースメイクをすることが多い。
中盤以降で積極的に勝負に出ることもある。
・暑さに強く
・国際大会の経験も豊富


完璧な条件と資質

最も安定したオールラウンド型の日本選手であるといえる。

高校、大学と全国的には目立った選手ではなかった。
頭角を現したのは1999年の三井住友海上入社後。
2000年3月 名古屋 実質的な初マラソン。
2時間24分36秒の好記録で2位。

翌年 エドモントン世界陸上。
30kmから勝負に出てシモン(ルーマニア)とのマッチレースに持ち込む。
惜しくも敗れたが銀メダル。
初の大舞台でも持ち味の積極性を発揮。

翌2002年 ロンドン。
ラドクリフ(UK)に独走されたが2位争いの集団をリード。
最後にロシア2選手に競り負けたものの
2時間22分46秒の記録は日本歴代3位(当時)。

故障に悩まされたこともある。
アテネ五輪選考会の2004年名古屋。
約2年ぶりのマラソン。
練習不足もあって田中めぐみ(現姓・大島)に後半引き離されるが、
終盤で大逆転。これをもって代表入り。
勝負強さを発揮。窮地にも動じない精神力も光る。

アテネ五輪。
野口みずきに25kmから独走され後続集団がばらけたなかで5位。
粘りを発揮。
野口の金メダルが目立ち世間の評価はいまひとつだったが、
アテネ五輪後 土佐のすごさが表れた。

選手生活の節目となるオリンピック。
オリンピックが過ぎ、30歳を越えても以前と同じ力、
積極性を維持している。


2006年 東京。
高橋尚子との対決

特別なことと意識せず自身のスタイルを貫いて勝利を手に。
10000m自己記録を更新。
故障は近年の方が減っている。

好きな言葉は「大丈夫」。


大舞台に萎縮して持ち味を出せない心配。
往々にしてスリートを悩ませるが土佐礼子には不要。
大阪世界陸上でも前半から?あるいは勝負所で?
積極的に走る土佐礼子の姿が見られるはず。

土佐礼子A 世界陸上

土佐礼子A 世界陸上

経歴

松山商業入学後に名将竹本英利監督に出会い、これが縁で
陸上競技に取り組むようになる(大平美樹も同じ松山商の後輩)
1993年 愛媛県高校総体3000mで優勝
1994年 全国高校選手権5000mに出場。45位。
1995年 全国都道府県対抗女子駅伝6区に出場。区間39位 。
1996年 日本インカレ5000m・10000mに出場。
5000mは27位、10000mは周回遅れで中止。
1997年 中四国インカレ5000m3位 。
初マラソンは松山大学在学中の1998年2月。
土佐の地元で行われた愛媛マラソン。
記録は平凡ながらもいきなり初優勝!

大学卒業後、三井海上(当時)へ入社。
これは竹本監督のコネ。
竹本監督の順天堂大学時代の先輩・鈴木秀夫が監督を務めていた。

1999年 札幌ハーフマラソンで6位。世界ハーフマラソン選手権日本代表に選出。
世界ハーフマラソン選手権でも1時間9分36秒で6位入賞。

2000年3月 名古屋国際女子マラソン大会。優勝した高橋尚子に次いで2位。
2時間24分台の好記録をマーク。マラソンで頭角を現し始める。
同2000年11月 東京国際女子マラソンでも2位。
エドモントン世界陸上選手権女子マラソン代表に内定。

2001年 世界陸上エドモントン大会。
優勝したリディア・シモンと終盤サイドバイサイドのデッドヒート。
わずか5秒及ばず位でゴール。銀メダルを獲得。

2002年4月 ロンドンマラソンでは4位 2時間22分台をマーク。
自己最高記録を更新。

その後、足の故障続きで走れない日々が続くが、
アテネ五輪最終選考レースの名古屋国際女子マラソン(2004年3月)で
約2年ぶりにフルマラソンに出走。
練習不足と体調が万全で無い中でもレースは序盤から土佐が積極的に集団を引っ張る。
後半の30Km過ぎ、大島めぐみが土佐を引き離し独走体勢に。
誰もが大島めぐみの勝利を疑わなかったがその後失速。
終盤37Km付近で大島を追い上げた土佐が執念の逆転。
奇跡の優勝を果たす!


土佐礼子の超劇的な勝利に、
・野口みずき(内定済み)
・坂本直子
・高橋尚子
で決まりかけていた女子マラソン代表選考は紛糾。

日本陸連はさすがに土佐礼子を外す訳にはいかず、
選考レースで優勝出来ずタイムも悪かったの高橋(前回シドニーオリンピック金メダリスト)を
アテネ五輪代表から落選させる苦渋の決断を下す。
(補欠代表は千葉真子
そのためか心無いファンから日本陸連、土佐が所属する三井住友海上に、
又坂本の所属する天満屋等にも嫌がらせの電話やメール等が殺到したときく。

それから5か月後の2004年8月 アテネ五輪女子マラソン本番。
土佐は優勝した野口みずきの中盤でのスパートにはついていけなかったが、
その後も安定した走りで見事5位でゴール(坂本直子も7位入賞)。

2004年12月15日 タヒチで松山大学の先輩にあたる村井啓一と結婚。
結婚後も競技を続け、2005年5月の静岡国際陸上で10000mに出場。
32分07秒66という自己新記録をマーク。

2006年4月 アテネ五輪以来のフルマラソン(1年8か月ぶり):ボストンマラソンに出走。
終始持ち前の粘りを発揮し、優勝したケニアのリタ・ジェプトゥーらに続く3位入賞。
優勝にはあと一歩及ばなかった。

同年11月 東京国際女子マラソンへ6年ぶりにエントリー。
ディフェンディングチャンピオンで過去2度のオリンピックで代表を争った
高橋尚子との直接対決(2000年3月の名古屋以来6年8か月ぶり)。
強く冷たい風雨という悪天候の中、土佐は終始レースを支配する展開で高橋に競り勝ち、
2年8か月ぶりにフルマラソン優勝。

これがもとで土佐礼子は6年ぶりの世界陸上女子マラソン代表に選出された(世界陸上2007)。

自己最高記録では同僚の渋井に劣るが、
渋井が体調により記録の変動が大きいのに対し、
土佐のマラソンは安定していて、順位は常に5位以内でゴール。
初マラソンとアテネ五輪を除けば2時間26分台以内で走っており、
安定感では土佐礼子が渋井を上回っている。

土佐礼子@ 世界陸上

土佐礼子@ 世界陸上

土佐 礼子(とさ れいこ、1976年6月11日 - )
(本名・村井礼子)

日本を代表する陸上競技選手。
専門は長距離(マラソン)。
愛媛県松山市出身。
三井住友海上火災保険所属。

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同社には、
・女子10000m日本記録保持者の渋井陽子
・松江レディースハーフマラソン連覇の大平美樹
・2005年世界クロスカントリー選手権代表の鈴木悠里
・2006年世界クロスカントリー選手権代表の橋本歩らが所属している


引退はしたものの、
・坂下奈穂美
・市河麻由美
・大山美樹らも所属していた。


土佐 礼子は傷害長期保険部に勤務。
北条市立河野小学校→北条市立南中学校→愛媛県立松山商業高等学校。
高校卒業後は松山大学人文学部英語英米文学科に進み卒業。

人格者として周囲の信頼もすこぶる厚い。
2004年 アテネオリンピック女子マラソンの代表に選出。
5位入賞を成し遂げる。
*現姓は村井だが、陸連登録名は現在も旧姓の土佐礼子のまま。

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